

The book review by janitor . 1
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左官回話 11人の職人と美術家の対話
副題の美術家とはstudio rastaman会員の晴れやか美術計画株式会社代表、木村謙一氏のことです。彼から当サイト管理人の僕に書評をUPしたらどうか?と、勧めがあった。
わざわざ勧められなくても、いつかは書かせてもらうつもりではいたけどさ。
なかなか腰が上がらなかったのは、僕にとって結構高いハードルがいくつか存在していたからだ。
一応前提として、そのハードルの内訳を言うのが筋だろうけど、相当恥ずかしいので簡単に前置きしておくね。
この本を読んでいると、僕の中にキムケン(木村謙一氏のあだ名)に対する暗い嫉妬心がぶすぶすと音を立てて湧き上がるからです。
まあ、これが腰が重かった理由の8割。残りの半分が世の中の腕がよくて家族持ちの職人さん全般に対する嫉妬。もう半分が、生きてる理由が明快に見えるひとへの嫉妬。
要するにすべてのハードルは僕の嫉妬心です。
まあこんな話は、だれも興味がないと思うので、この辺にしておきますね。とは言え、そんな僕が都合3回読みなおすのに、大した時間はかからなかった。この本は面白い。
あ、ここで一応言っておくけど、この書評長いよ。その間だれも興味のない僕自身のこともいっぱい入るだろうし、その上ネタバレもあるかもなので、本買っちまったほうが早いと思うけどね。amazonで3672円です。買って損はないと思うしね。
さて、この本は副題の通り左官職人さん11人と木村謙一氏との対話を軸に出来上がっています。
なので当然最初のキーワードは左官屋さんです。
キーワード 1 左官屋さん
早速、自分語りになるけど、左官の仕事は意外とガキの頃から目にはしていたし、おふくろが茶道教授だってこともあって「あの茶室の壁はどうの」って話もよく聞いた。
ガキの頃は、街で実際に高いところの壁塗り見上げて「かっこいいな」と感心しながら時を忘れていた事もあった。あの頃左官屋さんはスターだった覚えがあるな。
高い足場に登って、あのどう見たってあつかい辛そうな壁土をひらりと壁にきれいに貼りつけるとこなんざ、江戸の華って感じだったな。まあ、江戸ったって豊島区要町だけどね。
でも、何しろ僕はあまり賢くなかったんで、ガキの頃は漆喰とセメントとコンクリートとアスファルトの区別もわからなかったんだ。
若干物が判るようになってからは、あとがきで発行人の安仲氏が書いているつげ義春の「長七の宿」も読んだ。その時鏝絵に感心もしたし家業の本屋で立ち読みして調べもした。
高校生の頃、僕の親が一番金持っていたときに狛江に家を建てたんだけど、そこの茶室の壁は「日本一の左官」に頼んだっておふくろが言っていた。だけど、あの頃のおっさんおばさんは、自画自賛が異常に激しくてさ。関わった人間はは大概「日本一」なんだよな。だから当てにはならないし、僕は僕で13歳の時にイッコ年上のK先輩と知り合ってから、25歳くらいまでの間正気を失っていくので、親とも正常なコミュニケーションを失っていくことになるんだ。 なんでかは、あんまり言うようなことじゃない気がするんで言わないけど、まあ、まったく正気じゃない日々が続いた。
そういうわけで、左官屋さんへの関心は長続きせずに、ほかの大量の事柄と一緒に頭の奥底にしまいこまれてしまった。
その僕は、正気を失っている真っ最中っていうか、相撲で言う中日に当たる19歳の時に、何故かアフガニスタンにいてロバに乗っていたりしたんだけども、 皆さんご存じのバーミアンの巨大釈迦立像を見ている時に、「何故顔がきれいに剥がれ落ちているの?」と現地のぼろぼろの軍礼服のような物を纏った管理人風(正規かどうかは相当怪しい。入場料と称して1Afghani=当時の7円取っていた)の人に尋ねると、「細工が難しかったらしくて顔だけ漆喰だったんだよ」と教えてくれた。「えー!鏝絵って日本だけじゃないんだ」僕の中にあった本当に少ない「左官豆知識」が蘇った。でも、あのオヤジ「shikkui」って言ってたな。やはり怪しい。
また話それるけど、あのお釈迦さん。みんなが騒ぐ「タリバンの砲撃」以前にボロボロだったからね。まあ、跡形もなくしたのはタリバンだけどね。 でも、あんなにでかい「異教の神」のしかも残骸みたいなのが目の前にあったら、まあ、邪魔くさいよね。この「文化財の価値」の問題は、そのうちサイト内で語る機会があると思う。
その後僕は、バンデアミール湖って所にバスに乗り遅れたせいで一週間くらい滞在した。(いまだに世界一美しい場所だと思っている。まあ、他を大して回ってるわけじゃないけどね。)
車や馬を繋ぐ広場を囲んだように建つ観光客と遊牧民の売店的な3軒の内の一軒に泊めてもらったんだけど、その家が日干し煉瓦(そう呼んでいいのかわからない。何しろ半日で出来ちまうんだから)に泥塗ったくった家だった。
少しだけ説明すると、彼は「うちは旅館じゃないから」ってただで、しかも三食付きで一週間以上も泊めてくれた。アフガンの人ってそういう人たち。商売を生業としている癖に金も絶対受け取らない。他所じゃ基本考えられないし、アメリカ人あたりには想像もつかないと思うよ。
ある夜、泊っていたところの親父に言わせるとだけど久しぶりに(何年ぶりなのか何日ぶりなのかわからない。何しろ僕の英語はひどいからね。アフガン人にマジで説教食らうくらいだから)風が吹き荒れていて、翌朝見たら向かい側の家が完全に崩れたんだ。
それを、たまたま通りかかった遊牧民の家族も含めて近所中で直すんだけど、昼過ぎには元通りなんだよね。僕も手伝うって言ったら、じゃあって言って2歳くらいの女の子のお世話係に任命された。僕がくその役にも立たない事は、顔見りゃ世界中にばれるらしい。
「お前みたいなちょっとアレな子をこんなに遠くにやらせるなんてお前の親はどうなってんだ?」って感じのことは世界中で言われたし、、。
まあ、その時感心したことがあって、本当に即席って感じで造るんだけど、垂直や平面、特に角は、少ない道具を使ってすごい丁寧に造りこむんだ。
この本の最後のほうで原田進さんという職人さんが「土が人に近づくか。人が土に近づくか」というようなことをおっしゃっておられているんだけど、アフガンの人たちは基本自分が自然に歩み寄るしか道がなかったと思うのね。
あの辺の乾燥地帯ってすごくって、木や草の緑がまったく見えなくて(放牧しているんだから多少はあるけど土や砂にまみれて緑はあまり感じられない)世界が3色だけで構成されているんだ。紺碧の空、エメラルドグリーンの湖(鉱物が濃く溶けているって話だ)。そして黄土色から山吹色に緩やかなグラデーションを描く土と言うか砂の色。
ちょうど、この本にも出てくる「珪藻土の壁」という言葉を聴いて最初に出てくるイメージの色だね。
その土から作っているだから、日干し煉瓦の色は完全に風景に溶け込んでしまっている。
ストレスに喘ぐ都会のロマンチストから言わせると、ゆったりとした時間の流れる自然に溶け込んだ穏やかな暮しってことになるんだよな。多分。
でも実はそんなんじゃない。全然穏やかなんかじゃないんだ。
過酷な毎日の生活で、足の裏がビブラムソールみたいに堅くひび割れて、「遠くから来たできそこないの弟」と呼んでくれた僕の足元の地面を、カラシニコフで連射して大笑いする。世界一の死亡率と言われるブズガジなんて競技を国技として興じる彼らは、戦いを諦めることは絶対にない。
自分の父を母を、兄弟や息子や娘を、無慈悲に奪った自然に屈することは絶対にないんだ。
ただ、敵をコンクリートで固めて息の根を止めるような卑怯な真似はしないだけだ。
正面から堂々と挑む。何故か?自然は無慈悲だけども卑怯ではなかったからさ。恥ずかしい真似はしたくないから、誰にばれなくても、アッラーにはお見通しだからさ。
自然に対するあくなき闘い。これの象徴が正確な垂直ときちっとした平面なんだと思う。
この本に登場する11人の左官屋さんたちは、僕にはアフガンの兄貴たちと共通の潔さを感じる。やること行く道が明らかなんだ。生きるってことの意味が「自明」なんだと思う。そして彼らも、目指す結果がどんなに遠く見えても卑怯な近道を選ぶことはしない。
要するに、僕のような覚悟のない人間は、嫉妬に身を焦がすしかないという事になる。
キムケンは(もう面倒だからこう呼ばせてもらう)陳腐な言い方だけど真面目で真っ直ぐな男だ。だから壁には正面からぶつかる。だからたいてい痛い目にあう。そして悩むんだ。でも悩むことは戦略を練るということだから迷うこととは全く違う。左官屋さんたちも、真っ直ぐだけど十分に戦略的だ。だからお互いの魂が交感しあうのは至極当然のことだってことさ。
㊟この交感とは、一般に言う共感とは若干ニュアンスが違う。1970年代半ばのころオランダの精神科医が書いた「○○交感現象」という本の中で語られる定義に近い意味で使っている。が、筆者が最も正気を失っているときに読んだ本なので細かい情報を覚えてない。
まあ、一般的な共感の定義で理解してもらっても問題ないと思うが、一応参考までに注釈する。
彼等は、迷わない。根本的な目的自体が揺らぐことがないから、、、その目的とは、
「Do the Right Thing !」(英語にしたのはスパイク・リーへのリスペクト)
やるべきのことをやろう。または、正しいことをしよう。(この二つの意味が同じ言葉で表現できるという英語が少しうらやましい)
「正論ばかり言ってないで、やるべきことをちゃんとやれ」日本語って時々難しすぎる。僕だけかな?
だから、
この本は、そのキムケンと左官屋さんたちとの壮大な物語です。
正しさへの渇望。揺るぎないことへの尊敬。そのいばらの道を乗り越える青春ロードムービーなのです。
キーワード 2 珪藻土。そして、久住章さんという親方のこと。
僕が珪藻土のことを壁塗りの原料として意識したのは、今から18年くらい前のことだった。
兄の息子がアトピーが酷くて、そのせいかどうか酷いイジメにあい、登校拒否~引きこもりっていう生活だったんだけど、一念発起して18の時に警察官の試験受けて落ちて(詳細は言えないけど、たぶん叔父である僕のせい)、慕っていた恩師の口利きで公立中学の事務員になった。そうしたら、そこの事務長とやらにアトピーで発疹だらけの顔をなじられいびられた末に退職。引きこもりに戻るって状態だったんですね。
それを僕の家族は、全部アトピーの所為にした。
対策はないかって、僕以外の家族は血眼になったんだ。僕がちょっと引いて観ていられたのは、僕はそれ以前に結構長い間カウンターカルチャ‐やら精神世界やらに夢中になっていた時期があって、チャールズ・マンソン一歩手前くらいまで行っていた。その結果、そういうことにに完全に絶望してからのことだったからだ。
いまは知らないけど、あの頃はアトピーに対して医者は、処方箋に抗ヒスタミン剤を大量に書き込むくらいしか仕事がなかった。
医者が頼りにならないってことは、当然頼るのは、いわゆる民間療法しかない。残念ながら当時の民間療法はその半分近くがオカルトで、残りも少なくない確率で詐欺だったけどね。
実家には、山のような怪しげな民間療法のデータが収集され、少なくない量のオカルト情報が向こうから集結してきた。しかし、悲しいことに引きこもっている甥っ子がその手の話に積極的に乗るはずもない。本人はひたすら、ネットの海に深くダイブするだけだった。僕の家族はただただ無駄に疲弊していった。
その無駄に堆積した情報の山の中にそっと紛れていたのが「珪藻土の壁」だ。快適。アレルギーが治る。調湿性能が漆喰の2倍。アトピーが完治したらしい。珪藻土を壁に使えば貴方の家庭は子々孫々まで笑顔に満ちる。
意外に混ぜもんによっちゃ効果が薄れるどころかかえって悪いものになる可能性もあるだろうし、健康を売り物にする業者には相当悪い奴が混じっているってことは、無駄に見知った経験で知っていたし(訪問販売をやっていた事があるからね)、甥っ子には悪いけど、「俺のガキじゃねえし」って感じもあって、僕は比較的冷静だった。
その頃の我が家族は、親父が大量の借金残して倒れてから十数年、やっと別に持家じゃなくて貸家でも生活できるってことを覚えたところだった。だから、当然珪藻土で壁を云々っていうのはおよそ現実的じゃなかったんだけど、結構兄貴は本気になって借金できるところを探し始めたりしたんだ。うちの家族の世間知らずは、異常だからね。
結局無茶はしなかったんだけど、その時兄貴が引っ張ってきた奴の内の一人との金銭トラブルで、おふくろが80過ぎて裁判所に立たなきゃならないってくらいの被害はあった。
だから僕は「珪藻土」って言葉には悪印象しか持っていなかったんだ。
ところが、
淡路の久住章さんという親方がこの本に登場なさっている。実は彼がかつて率いた「花咲か団」という左官屋さんのグループが「珪藻土塗り壁材」を開発したらしい。彼が、この本の中で珪藻土に触れているのはほんの数行だけなんだけど、そのうちの一行が僕の珪藻土感を一変させる。
「珪藻土はいい壁塗り材になることは分かっていたんやけど」これだけだ。
これを読んだ瞬間「珪藻土」は、凛として美しく姿勢のいい言葉になった。何より余計な効能書きが一切付いていない。
「兄貴が借金して珪藻土の壁の家を建てるってのも有りだったかな。」と、まで思い直してしまった。まあ、もしそうなっていたら、わが家族の生存すらあやしくなっていたけどね。親父の残した億の借金背負っている上に兄貴が見つけた金貸しが、あくどいんで有名な地回りだったからね。
いずれにしろ僕は、久住章と言う人に俄然興味が湧いてきた。
だけど、この本に登場する彼の話はそんなに長くないし、細かくここで言うとネタバレが過ぎるので、僕が最高に気に入った彼の言葉だけ引用します。
「僕は全然心配していません」
皆さん、心配しなくていいらしいですよ。本当にありがたいことです。
キーワード 3 榎本新吉さんという正しい人。
この方は、この本に登場する人の中では突出して年齢を重ねていらっしゃいます。1927年だから昭和2年生まれ。この本発行時に85歳という事になります。
写真で拝するとお顔は懐かしくて初めて観た気がしないほど。お住まいは文京区千石。語り口は正しく江戸の外職言葉。
絶対にそばの手繰り方に間違いがないタイプ。
人情に厚くて、そのくせ負けん気が強い。気分の乗った時には、近所の御商売を息子さんに譲った尋常小学校の同級生の手下を連れて品川に鰻食いに行くに違いない。しかも絶対に歩くのは先頭だなって勝手な想像をしてしまう。
僕が産まれたころから小学校卒業くらいまで、家に山下さんというお手伝いさん(女中って言葉が差別語だって問題になった時代)がいらっしゃって、いり卵しか料理ができない70代のおばあちゃんだったんだけど、神田の飾り職人の未亡人だったんだ。
ほんとにお料理とか苦手だったらしくて、いつも僕と遊んでくれた。「直ちゃん。ほらシコウキが飛んでいるよ」
かっこよくて、艶っぽい。着物の着方やたち振る舞いが凛として粋で、「いい女」ってどういう人か僕に教えてくれた人。
親父にその事を言うと、「あの人を見ていると俺が田舎者だって思い知らされる」っていつも言っていた。親父は大阪帝塚山の生まれ。
親父は絶対に関西弁を使わなかった。訛りすら消していたと思う。理由は江戸弁が江戸文化が大好きだったから、
「直坊。そばってのはよ。払った暖簾が戻らねえうちに、3枚食うのがほんとなんだよ」すると、それを聴いていた蕎麦屋の店主が「そんなに早くうだるかよ」。
いつも僕が想像していた山下さんの亡くなった旦那さんのお姿は、もう榎本新吉さんそのものだったんだ。だから、懐かしい。
この本に出ている榎本さんのお話は大して長くない。それなのに僕の大好きな言葉がいっぱい出てくる。
一つは、またここでも珪藻土に関する事。どうやら僕は、珪藻土に意趣返しをされているらしい。
「オレが一番最初だ。オレは久住君より先にやってたんだよ」
いいねえ。大将、いいよ。
この感じが判らねえような奴は、そばもすしも食う資格がねえってもんさ。
ほかは、
「教わりに行っても絶対教えてくれません!うまく使われて、はぐらかされんのが昔の職人の常套手段だよ」
俺は違うという覚悟。
「だが、騙される方も無様なこった。同情の余地もねえ。~頭使えって」
わざと間を端折りましたが、このあたりはご自分で読んでいただきたい。何度も繰り返し読むと、この方の情の深さに涙が出ます。
でも、僕が本当に一番好きな御言葉は、
「そうかい。何でも聞いてくんな。ありがとよ。」
師匠。一度だけでもお会いしたかったです。
私事ではありますが、僕が一度もお会いしたことのない方の死で涙が自然に出たのは、ボブ・マリー、ピーター・トッシュ、ネルソン・マンデーラに続いて4人目です。
榎本新吉さんは2012年6月17日にお亡くなりになっています。御冥福をお祈りします。ありがとうございました。
キーワード 4 小沼充さんという天才。
この本に出てくる人たちの中で唯一、僕が実際にお会いした事のある人です。
身体能力の高さから「忍者」いう異名を持つ榎本新吉さんのお弟子さん。お生まれは東京都練馬区。筆者の産まれた豊島区とは同じ文化圏に属します。
お会いした場所は、キムケンの埼玉の工房。僕はそこにKln2代表の吉川君と一緒にキムケンの昔の作品の写真を撮りに行っていた。
当時僕は、吉川君に撮影技術を教えていたんだけど(能力的限界を感じて写真を止めた男が、開業中の現役バリバリに教えるんだから変な話だ)それの実習みたいなものだ。
そこで小沼さんは、二人の左官屋さんと一緒に移動式の竈を左官で作っていた。二口のやつだ。
他の二人の左官屋さんについては、年輩だろうなってだけで何も知らない。
とにかく、この人たちは余計な事をしゃべらないんだ。あのうちの一人がレイ・チャールズだって言われても、驚かないくらい何も知らない。ただニコニコしてたし、僕が色々訊くとちゃんと答えてくれるんで嫌われてはいないと勝手に思っている。
僕はあーいうかっこいい人たちと会うと、無駄に多弁になってしまい、後で必ず落ち込むんだ。「女の腐ったような奴」でしょ。でもね。女が腐ると男になると思うんだ。僕はそれを地で行くだけ。
最後に、キムケンの工房に以前から作ってあった一口の移動式竈に火を入れて、小沼さんが骨董屋で大量に手に入れたって言う羽釜を突っ込んで、みんなでごはん食べた。すげえ美味かったって話。
万が一金入ったら、これ欲しいなって言ったら、団地はやめた方がいいって冷静に言われた。
小沼さんは僕よりよんこ下でお会いしてた時は、51か2だったと思う。でも30代にしか見えない。
ただ、若く見えるっていうのじゃなくて、なんか健康なお肉が高密度で詰まっているって感じの人。何か好感度の塊みたいに見えた。
そして、彼は左官業界の誇る天才らしい。
彼は、もう充分にふつうの左官としては一人前以上になった36の時に、出かけて行った講習会で前述の榎本新吉さんに壁の塗り方をダメ出しされ「もっと上に行きたくて」弟子入りする。 簡単に言うけど、36から弟子入りは生半可な覚悟でできるものじゃない。
榎本師は、その時の小沼さんをこう評します。
「小沼君は、教え始めてしばらくしたら、あとは何も聞かなくなった。こういうのは本物さ。あとは、見てるだけでわかるようになる」
彼は、榎本師の許で「大津磨き」を極め、発展させ「現代大津磨き」を完成させて、東京都港区愛宕の青松寺に幅6m高さ8mの青い壁という前人未到の偉業を成し遂げます。
小沼さんは、その時の事を振り返ります。
「もうあの面積はやりたくないです。倍の面積ならやります」
なんて、気持ちのいい男なんだ。
淡路の名人久住章氏も絶賛します。
「日本中にいっぱい職人はいるけど、あれだけ完成度の高い新技法を作り上げたんは、小沼君だけですよ。すごいですよ」
どうやら、彼はスーパースターだったらしい。サインもらっときゃよかった。
まとめ
唐突に総括に入ります。紹介する左官屋さんを結果的に3人に絞ったのは、単純に僕の体力の限界。中でも、狭土秀平さんや原田進さんあたりについては語りたい事がいっぱいあったけどもう体力的に無理。
お気づきのように、左官屋さんたちは非常にパワフル。自分よりはるかにパワフルな事象を説明することは、非常に体力を消耗させるんだ。
まあ、ネタバレのリスクを減らしたいことも、何よりご自分で読んでもらいたいという気持ちも多少以上はある。
友人の木村氏が記したという事で「サイン入りでくれ」と頼んでみたものの、貰って最初にこの本を開いて見たときには正直不安に襲われた。
「これ読み切れるかな?」
上下二段に分けられた変なレイアウト(それは、ほぼ無関係に進行していく別の魅力にあふれた物語)。以前から苦手な用語解説が一番後ろにまとめられている形式(せめて初出の章毎にしてっていつも思う)。そして、まったく知らない世界の話だという事。それが、まったく初心者に親切ではない専門用語満載の語り口で、紡がれている。
「これは、ハードル高いぞ」
正直「やばい」って思った。しかし「俺だって、伊達や酔狂で長年本屋の息子やってんじゃねえんだ。読んだ本の数だきゃ、そこらのやつには負けねえ」キムケンに対するライバル心に火が点いた。
正直に言うけど、元々僕には人には言えない醜い嫉妬心がキムケンがこの本を出した事に対して湧きおこっていたんだ。
僕は小説の新人賞に、都合7回も落ちている。もう20年近く書いているのに、しまいには相手の好みを探りそれに媚びるという昔なら絶対にしなかった事までした。それでも箸にも棒にもかからない。八方塞だ。
努力も研賛もしているつもりだ。その証拠に大したことではないかもしれないが、人づてとはいえ海外不動産投資勧誘のメールマガジンのゴーストライターの仕事を好評の内に半年貰ったりもしている。
フィクションならお手の物。だってあの有名なアメリカの無法地帯を「お勧め物件」として紹介したりできるんだぜ。しかも、投資の知識皆無から資料集め含めてたった一人でやったんだ。お前らにできるかよ。俺は、金持っている奴を超僻んでいるからできるんだぜ。
そんな僕にとって「本を出す」という事は、悲願と言っていい。
「俺には言いたい事がいっぱいあるんだ!」ほんとに誰か頼むよ。けつの穴くらいなら舐めるからさ。
すみません、興奮しすぎました。男性の肛門は舐めません。意外と潔癖症なので、、。話を戻します。
ところが実際に読み始めると、それらの心配は全て危惧だったという事がすぐに判った。
「すげえ面白い」
こんなに面白いのは「プロレススーパースター列伝」以来だ。
いや。それ以上だ。
向こうはどう見ても完全なフィクション。それに対してこっちは完全なノンフィクション。それでいて、この左官屋さんたちのお話のクオリティはすごい。そうだな、近いと言えば「臨済録」「歎異抄」が近いかな。単純計算で11人分だから、それらの11倍面白くて愉しくて、感動する。大袈裟じゃないよ。控えめすぎるくらいだ。
キムケンのインタビュー能力もすごい。すごいけど、それは褒めない。悔しいからね。無理すると、丑三つ時にトンカチと釘持って神社に行くようになる。
ただし、この本には弊害が一つだけある。家を注文したくなる事だ。金持ってりゃ問題ないけど、貧乏人には命取りになる。
精々御自重御自愛なさる事をお勧めして、本稿を閉じたいと思います。
では、ごきげんよう。
2/July/2014
JAH RASTAFARI !!
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If you are interested, I need your help by a self-help effort.
