
クラッシック愛好家並木錫男氏の感想
世の中には嘘もいろいろあり、半分本気の軽い世辞や罪のないホラ話といった所は人を楽しませる。
オーディオも言ってみれば虚構を楽しむ趣味であり、今回ご紹介するのづて氏作成のスピーカーもそんな一品だ。
サイズは300×210×110mm。デスクトップサイズのバックロードホーン。
ユニットはTangBand W3-881SJFと書くと、お分かりの方はある程度その音を想像できるかもしれない。
ただ、このサイズの為、世間で言われているほどの低音の遅れというものは感じられない
音色への拘りの為、現在は生産終了のユニットをあえて使い、さらに配線はビンテージのWestern Electric 18GAを選んで構成しているという。
また、筐体は比較的やわらかめの木材を使用し、カシュー(西洋漆)の塗装により表面には楽器的な硬度を与え、所々に1.5mm厚の鉛板を張り付けて音を調整しているとの事。
お蔭で箱鳴りも嫌味が無くクリアで、物静かな音色を得ている。
鳴らしてみるとまず、いつも聴いているピアノの曲、その録音にあるホールの響きがほとんど意識されない。残響はどこかへ行ってしまう。そのかわり聴こえてくるのはピアノの音、その筐体の響き、金属の弦にハンマーを当てると発する音、骨格が受け止め増幅するその音だ。
音を評価するつもりがいつの間にか演奏に聴き入ってしまう。
しばらく聴いて慣れてくると気づくのだが、残響もちゃんと鳴っている。ただ、それがあまりに自然なために気付かなかった。聴いていて、これは正に、ホールで聴く音そのものだと思った。ホールでの体験と言ってもいい。
その響きは、最近の駅前に良く有る音の良い小ホール。壁に木をあしらって適度に吸音を利かせたホール。その真ん中かやや後ろあたりで聞く音と言うと、近いかもしれない。
ギターの音も良い。演奏者の指使い、そしてその場の雰囲気、熱気まで伝わってくるような気がする。
ただ、ホールが演奏に対して向き不向きの有るように、このスピーカーもソースに対して向き不向きが、割とはっきりとある。
オフマイク気味に撮られた、響きが豊かな録音は大変雰囲気よく再生される。
また、響き豊かに撮られた生楽器の録音は、自然な音で聴き疲れしない。
しかし最近の録音では、普段聞き慣れた作られたバランスや遠近感が全く違って聴こえてしまう。
全体的に、スピーカーがミキシングエンジニアの意図に添わない録音の場合、そのちぐはぐさがどうしても耳についてしまう。
ところで、このスピーカーは置き方やリスニングポジションに対しては寛容だ。
多少前後左右に動いても、音の印象は極端には変わらない。
また、ボリュームに対する反応も割とリニアで、ちょっと離れた所で聴く音量でも、間近で聴く小音量でも破綻することなく、家庭の卓上で利用するのに正に最適と思えた。
しかし、アンプやスピーカーコードの特性に対しては敏感だった。
このスピーカーは率直に述べて全方面全ソースに対して優等生というものでは無い。しかし、生々しくも一生懸命何かを醸し出そうとしている。
値段にしてペア4万円以下で、この市販品には無い雰囲気を味わえるのはちょっとした冒険とその報酬だ。
惜しむらくは製造部品の供給が限られている為、現在の組み合わせでは残りあと数本しか作成出来ないという事だ。
文責 並木錫男